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落花生(ピーナツ)と景徳鎮
なぜ落花生と陶磁器の町・景徳鎮なのか?
『話せば長い話』といつもの口上をしたいのですが、書くともっと長くなりそう…。(3年程遡って、ピーナツとの関わりを説明しなければなりません。)
もともと落花生の大好きな私は、酒の肴に、3時のオヤツに、又料理にと、揚げ物、焼きもの、茹でたの甘納豆にしたものとほんとうに良く食べています。こんな私が上海の骨董市場を散策(?)否、物色していた時に、陶製の落花生を発見しました。
ピーナツの置き物
陶製のピーナツ。2つに分かれた壷の部分を外すと中には、ピーナツの粒が並んで2つ。思わず値切りもしないで、買ってしまいました(本当の衝動買い)。そして、上海に来る度に、探し回りましたが、これがなかなかないもので、3年で20個程しか見つかりませんでした。『まあコンナモノ私以外のお客さんは買わないからかな』と思いつつも、何とかスポットを当ててやりたいとも思っていました。
私の会社は、中国茶の輸入もしている関係で、いろいろな茶道具も扱っています。
磁器製の器が欲しいと、友達兼ガイドの胡 斉陽に言ったところ、景徳鎮に知人がいるので、一度行ってみたらという話しになり、次の日早速に行く事になってしまいました。あまりにも急な話で、飛行機のチケットは買えず、当日の列車で、向うことになりました。
めぐり会いは本当に偶然にやって来ますネ。人生のシナリオはすごい!!年のせいでそう思うかもしれないけれど、無駄な事でないんですヨ。必ずどこかで、繋がっている。不思議ですネ。
次にも人に生まれ変われてて前世の記憶がある人って、結構多い
のではと思ってしまいます。(チョットオカルト気味)何かの因縁と言うやつです。では、いよいよ本題に(Let's Go!!)
甘濤さんと景徳鎮賓館の前で。ホテルの前は広い公園になっていて、散策が楽しめる。
ホテルには、午前4時40分のチェックイン。これもスゴイ事ですが、やはり甘濤さんの実力に負うところが大きい。感謝。つかの間の休憩を取り、甘濤さんの会社と工場の見学。そこでピーナツを見つけた!大きいピーナツ・小さいピーナツ等は、何と甘濤さんの会社で作られていました。窯の数が千以上あると言われているこの街で、偶然にも工場まで発見できるとは、正に奇跡、神様の成せる技と日頃の私の人徳の支えるところ、(これは別)で驚きました。この偶然を彼に話したところ、ただ笑っているだけで、彼にとっては、会社の一商品にすぎなかったのかな?兎に角この街で、陶磁器の事をできるだけ多く学ぼうと決めました。
決して綺麗とは言えない工房の中で続く地道な作業。これが何代にも渡って営まれています。作品が完成して、人前に出ると突然に光輝く。不思議だ。これが千有余年の歴史の姿なんでしょう。
まだ14〜15才の少年の絵付師。お祖父さんの又もっとお祖父さんの代から続いている。その技は完璧!
歴史の表舞台どころか、一般の生活にも名前が刻まれない人たちの本当の仕事、本来仕事というのはどういうものなんでしょう。ここでは自分が何の仕事をする為に、生まれて来たのか考えさせられました。まあ、急に私の生活が変わる訳ではないのですが、こういう気持ちになれたという事が、大切なんですね。
私は記念に数種類の花の模様の入った小さなお碗を買いました。とても薄くて、軽くて今にも壊れそうなお碗ですが、チョットぶつけた位では、壊れないとの事。玉の様に白く、空気の様に軽くそして気品のある一生の思い出の品となりそうです。
もちろん世界最大のピーナツの焼き物も買いました。
景徳鎮は、現在人口約百万人、それでも、中国では地方都市。(中国全土の人口は十三億人)人影もまばらに感じるのは、やはり国土が広いせいか?
千年以上の歴史のある江西省の北東部に位置する陶磁器の街は、日本の焼き物に大きな影響を与えたと云う。
今なお世界の磁器に大きな影響を与え続けていた、陶芸愛好者は必ず一度は行って見たいと思っている場所だそうで、私みたいに陶芸を別に興味ない人間が、気分まかせに訪れる場所ではない様である。
(注.しかし陶芸の良さや作品の善し悪しは解るつもり!)
『景徳鎮陶瓷館』、『歴史博物館』、『古窯磁厰』では明代・清代の古い工房を見学でき、市内では、いたるところで、陶磁器のショールームがあり、販売している。正に街全体が窯という印象を受けます。だがこの街が外国人に解放されたのは、ほんの5〜6年前だそうで、今回この地に来たのは何かの偶然かもしれない。そう言えば、街の中で外国人はほとんど見なかったし、ホテルの数も少なかった。
一泊二日(列車内を含めると四泊二日)の目まぐるしい旅も、甘濤さんと奥さん、そして劉さん一家、地元の料理とアメリカ人ファンさん一家の交流と暖かいもてなしを受け賜りました。
もう50回近く、中国に来ている私ですがこれは本当に思い出に残る旅の一つになりました。また行ける機会があります様に。心から願うばかりです。
次回の紀行は、丁度同じ時期に行った、寧波の街を書いて見たいと思います。
意外にも日本と深い関わりがありました。
次号に続く...。
昆虫までも磁器で作ってしまう。虫のヒゲ一本まで、すごい!!
レストランでの記念写真。アメリカ人のファンさん夫婦は北京で、磁器と爵士(ジャズ)の店を経営している。
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